1はじめに:災害時の誤情報問題の背景
大規模災害発生時、SNSは情報収集と安否確認の重要な手段となる一方、誤情報の拡散という深刻な問題も併せて生じる。
大規模災害が発生すると、人々は自分や家族の身を守るため、迅速かつ正確な情報を求めます。しかし、停電や通信インフラの障害、行政機関の対応遅延などにより、情報が錯綜し、真偽の判断が困難な状況が生じます。このような環境下で、SNSは情報収集手段や安否確認手段として大きく寄与する一方、迅速な救命・救助活動や円滑な復旧・復興活動を妨げる偽・誤情報が流通するという深刻な問題も同時に生じています。
令和6年能登半島地震では、X(旧Twitter)上において「人工地震」に関する投稿が約10万件、「窃盗団」に関する投稿が約200件、偽の「支援要請」が約350件、虚偽の「救助要請」が約21,000件確認されました。さらに、情報通信研究機構(NICT)の分析によれば、発災後24時間の救助要請報告のうち、デマと推定できたものが104件に上り、これは2016年熊本地震時の1件と比較して急増した数値です。
本解説文書は、総務省の情報通信白書、東京大学空間情報科学研究ンターおよび大学院学際情報学府の研究報告、NHK放送文化研究所の調査研究、野村総合研究所の検討会資料等、信頼できる一次情報に基づき、災害時の誤情報の伝搬メカニズム、情報リテラシー、および打ち消しの理論と実践について章立てして解説します。
2災害時に誤情報が生まれやすい環境
大規模災害発生時には、真偽判別の難しい情報が生まれやすい環境が自然に醸成される。
2.1 不安・恐怖の高まり
社会心理学者の廣井脩氏は、災害時の流言発生について以下のよう論じています。
さらに、社会心理学における古典的な研究として、G.W.オールポートとL.ポストマンによる流言の拡散強度に関する法則が知られています。これによれば、流言の流布量(R)は、問題の重要性(i: importance)と真偽の曖昧さ(a: ambiguity)の積に比例します。数式で表すと、R = i × a となります。
R(流布量)= i(重要性)× a(曖昧さ)
災害時は命に関わる情報の重要性が極めて高まる一方、通信インフラの障害等により情報足が生じ、真偽確認が困難になるため、流言が拡散しやすい条件が整う。
2.2 情報・コミュニケーションの不足
社会学の観点からは、流言は「あいまいな状況にともに巻き込まれた人々が、自分たちの知識を寄せ集めることによって、その状況についての有意味な解釈を行おうとするコミュニケーション」として発生します。災害発生下では、情報が得られない状況や即座に解決できない状況が発生し、あいまいさが生じるため、被災者の情報ニーズに対応する形で真偽判別の難しい情報が自然発生します。
このように、災害時の誤情報の発生は、単なる悪意ある個人の行為だけではなく、社会的・心理的な構造的条件が醸成する結果であることを理解することが重要です。
3誤情報の伝搬メカニズム
災害時の情報伝搬は平時とは異なる特徴を示し、多様な動機と主体によって誤情報が拡散する。
3.1 伝搬の主体:一般ユーザの台頭
災害時の情報搬において、平時とは異なる最大の特徴は、一般ユーザが拡散の中心を担うことです。総務省の検討会資料に基づく調査によれば、災害時にはフォロワー数が少ないユーザや、相互フォローしていないユーザの情報を拡散しやすい傾向が認められています。これは、平時とは異なり、災害という緊急事態下で「助けたい」「共有したい」という心理が働くためです。
一方で、芸能人・有名人、Youtuber、政党・政治家、マスメディアなど、コミュニティ間をブリッジする役割を持つインフルエンサーは、災害時にも強い影響力を持ち続けます。
3.2 発信・拡散の動機の多様性
令和6年能登半島地震の分析では、以下のような多様な動機による偽誤情報が確認されました(東京大学空間情報科学研究センター、澁谷遊野・中里朋楓、2024年2月)。
| 動機・意図 | 具体例 |
|---|---|
| 金銭的(閲覧数稼ぎ) | Xの仕様変更により、閲覧数に応じて広告収益が還元されるようになったことで、救助要請を装った複製投稿が54パターン3,938件確認された。91.9%が日本語使用者以外のユーザーによるもの。 |
| 金銭的(振込・送金依頼) | 虚偽の救助要請内容で個人宛の寄付を求める投稿。「DMで解決策教えてください」と投稿し、ダイレクトメッセージで金銭の送付を要求するケースも。 |
| イデオロギー的 | 「人工地震」説の拡散(約10万件)、NHKロゴを不正利用した原発に関する虚偽情報など。 |
| 心理的(愉快犯) | 悪ふざけ目的の虚偽情報発信。 |
| 善意 | 「助けたい、支援したい」という善意から、事実確認をせずに情報を拡散するケース。 |
3.3 プラットフォーム別の特徴
誤情報の流通は、プラットフォームによって特徴が異なります。
- X(旧Twitter):救助要請の複製投稿、閲覧数稼ぎのための虚偽情報、人工地震などの陰謀論が集中。発災後24時間の救助要請報告のうち、デマと推定できたものが104件(熊本地震時は1件)と急増。
- Facebook・Instagram・YouTube・TikTok:イデオロギー的動機に基づく陰謀論等の流通が主に確認された。
4発災後72時間内の時系列的特徴
「黄金の72時間」以内に、真偽判別の難しい情報が特にく拡散される。時間経過に伴い、内容も変化する。
災害対応の目安となる「黄金の72時間」以内に、真偽判別の難しい情報が特に多く拡散される傾向があります。総務省の検討会資料(野村総合研究所)では、東日本大震災以降の事例を時系列と災害種別で分類し、以下の傾向を明らかにしています。
| 時間帯 | 拡散されやすい情報の傾向 |
|---|---|
| 発災直後(〜24時間) | 一次被害(建物倒壊、火災など)・二次被害(津波、原発事故など)に関する情報。救助要請の真偽が特に重要。 |
| 24時間〜1週間 | 災害対応(避難所情報、物資支援)や災害再来(「大きな余震が来る」など)に関する情報。 |
| 1週間〜1か月 | 被災地での生活(仮設住宅、インフラ復旧など)に関する情報。 |
| 1か月以降 | 原発関連の事例など、長期的な影響に関する情報。 |
地震は幅広く甚大な二次災害が発生しやすく、災害対応も多岐に渡るため、被害に関する事例に加えて、災害対応や被災地での生活に関する事例も発生しやすい特徴があります。一方、水害や噴火は局地的な被害が生じやすいため、被害に関する事例が中心となります。
5誤情報による影響と収束のメカニズム
誤情報は避難行動や社会生活に影響を与え、事実情報の拡散によって収束する。
5.1 誤情報による主な影響
誤情報の拡散は、単なる情報の錯綜にとどまらず、実際の社会行動に具体的な影響を与えます。
- 避難行動への影響:「数時間後に大きな地震が来る」などの情報が避難所への混乱を招く。
- 社会生活への影響:品薄状の商品棚の写真が次々と投稿され、食料品のまとめ買いを誘発。
- 対応コストの増大:「外国人窃盗団がいる」などの情報により、警察・自治体への問い合わせが殺到し、本来の支援活動が遅延。
- 救助活動の阻害:虚偽の救助要請により、本当に救助を必要とする人への対応が遅れる可能性がある。
5.2 収束の2つのパターン
多くの事例では、以下のパターンで誤情報は収束します。
| パターン | 具体例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 一般ユーザからの打消し | 東日本大震災時、有名人の寄付に関するデマが一般ユーザの指摘投稿で急速に収束 | ボトムアップで速いが、信頼性にばらつきがある |
| 権威付けされた情報による打消し | 製油所爆発デマが、企業リリース・マスメディア報道・自治体の公式発信で1日後に収束 | 第三者機関による訂正の方が信頼性が高まる |
ただし、大規模災害時には事実情報の確認に時間とリソースを要するケースが多く、収束までに一定の時間を要することも少なくありません。
6誤情報の打ち消し(デバンキング)の理論と実践
打ち消しは単純な訂正ではなく、戦略的な設計が必要。バックファイア効果や訂正情報のパラドックスに注意する。
6.1 デバンキングの基本原則
国際的なメタ分析研究(Chan et al., 2017, Psychological Science)や日本の研究を総合すると、効果的な打ち消しには以下の要素が重要です。
① 事実を先に、誤情報は最小限に
「〜というデマは違います」と繰り返すと、誤情報の認知度が上がってしまう(familiarity backfire)。「正しい情報はこれです」と、事実を先に提示することが基本で。
② 代替説明を提供する
誤情報がなぜ間違いなのかだけでなく、「では本当は何が起きているのか」を示すことが重要です。例えば、「コスモ石油の爆発で有害物質の雨が降る」というデマに対し、「風向きと粒子の大きさから、雨として降ることは科学的にありえない」と説明することで、受け手は納得しやすくなります。
③ 出典と根拠を明確に
科学的根拠や、行政機関・専門家の見解を引用することが信頼性を高めます。ただし、最近の研究では「科学的ソースの引用だけでは不十分で、受け手の証拠志向的思考を喚起する必要がある」とも指摘されています。
④ 感情的にならず、簡潔に
過剰な説明(overkill)は逆効果となり得ます。核心的事実に絞って、簡潔に伝えることが求められます。
6.2 バックファイア効果(Backfire Effect)
訂正情報が人々に届かない、あるいは逆に誤情報を強化してしまう現象が「バックファイア効果」として知られています。
| タイプ | 説明 |
|---|---|
| 世界観の反発 | 誤情報が自分の政治的・思想的信念と一致している場合、訂正に対して逆に信念を強化する |
| Familiarity Backfire | 誤情報を繰り返し提示することで、人々が「聞いたことがある」ことだけで真実だと錯覚する |
| Overkill Backfire | 過剰な証拠や複雑な説明を提示すると、人々は単純な誤情報の方を信じやすくなる |
ただし、近年の研究では、このバックファイア効果は特定の条件下でのみ発生し、普遍的ではないという見解も強まっています。過度の恐れを抱く必要はありませんが、訂正の方法には注意が必要です。
6.3 訂正情報のパラドックス
最も注目すべき見の一つが、東京大学の鳥海不二夫教授らによる研究です。コロナ禍のトイレットペーパーデマに関する約447万ツイートを分析した結果、驚くべき結論が導き出されました。
デマ情報よりもその訂正情報の方が、トイレットペーパー不足を引き起こた可能性が高い。訂正情報が広く拡散されることで、多くの人が「トイレットペーパーが不足しているかもしれない」という認識を持ち、買い占めを誘発した。
この研究の重要な示唆は、訂正情報は誤情報に触れた人々に届けることが重要であり、無関係な人々への過度な拡散は新たな混乱を招く可能性があるということです。
6.4 Xのコミュニティノート:新しい打ち消しの仕組み
令和6年能登半島地震では、X(旧Twitter)の「コミュニティノート」機能が初めて国内大規模災害で本格的に活用されました。
- 仕組み:誤解を招く可能性のある投稿に対し、一般ユーザーが協力して背景情報を追加。十分な数の協力者が「役に立った」と評価すると表示される。
- 能登半島地震での記録:コミュニティノート機能開始以降、最大のノート作成数(2,865件)と最大の新規ノート作成ユーザー数を記録。
- ボトムアップ的ファクトチェック:一般ユーザーの参加により、比較的早いタイミングで修正情報や注意喚起が行われる可能性がある。
- 課題:外部からの組織的操作の可能性や、コミュニティノート自体が偽誤情報の流通に貢献してしまう脆弱性も含め、多角的な検証が必要。
7情報リテラシー:個人・社会としての対策
技術的対策だけでなく、一人ひとりの情報リテラシーが社会全体の防災力に直結する。
7.1 個人としての情報リテラシー
国際大学の山口真一准教授らの調査では、デマに接触した人々のうち77.5%が自分がだまされていることに気づかず、特に50代から60代の層は若年層に比べその傾向が強いことが判明しています。
情報を「受け取る側」としてのポイント
- 信頼できる情報源を確認する:気象庁、自治体の公式発表、NHKなどの公共性の高い報道機関、ファクトチェック団体(日本フクトチェックセンターなど)の情報を優先する。
- 一呼吸おいて慎重に確認を:感情的に反応しやすい情報ほど、拡散前に一旦立ち止まって真偽を確認する。
- 「だいふくあまい」の原則:出典(だい)・複数(ふく)の情報源で確認し、あまい(甘くない=簡単に信じない)姿勢を持つ。
- 画像・動画の確認:AI生成画像や、別の災害時の映像の転用に注意する。
情報を「発信する側」としてのポイント
- 事実確認を徹底する:自分の体験と事実を区別し、確かな情報は「不確かである」と明記するか、発信を控える。
- 拡散前に再確認:シェアやリポストの前に、情報源が明記されているか、公式発表と一致しているかを確認する。
- 誤情報に気づいたら打消しを:自分が誤情報を発信してしまった場合は、訂正・削除を行い、自分のコミュニティに向けて打消し情報を発信する。
7.2 社会・組織としての対策
| ステークホルダー | 期待される対応 |
|---|---|
| 一般ユーザ | 情報リテラシーの向上、適切な情報発信と受信、打消し情報の発信 |
| マスメディア | 取材に基づいた事の迅速・正確な報道、災害時の注意喚起、ファクトチェック団体との連携 |
| プラットフォーム事業者 | 利用規約に則った偽誤情報への対応(削除・非表示)、事実情報の拡散支援、データの透明性確保 |
| ファクトチェック体 | 時系列の傾向を踏まえたファクトチェックの実施と情報発信、結果のマスメディアやプラットフォームへの速やかな共有 |
| 行政機関 | 所管情報の事実確認と積極的な発信、各ステークホルダーとの連携による迅速な対応 |
7.3 プレバンキング(事前予防)の重要性
事後的な打ち消しには限界があるため、災害が起きる前からの予防的アプローチ(プレバンキング)が重要視されています。
- 過去の災害時の誤情報事例の周知:「東日本大震災ではこのようなデマが拡散した」という事前教育。
- 情報発信前の事実確認の重要性の啓発:「シェアする前に一呼吸」という習慣化。
- デジタルリテラシー教育:特に50代〜60代の層は、デマにだまされていることに気づきにくい傾向があるため、層別の啓発が必要。
8まとめと今後の課題
生成AI時代の新たなリスクと、情報リテラシーが社会の防災力を左右する。
本解説文書では、災害発生時および直後72時間内における誤情報の伝搬メカニズムと情報リテラシーについて、信頼できる調査・研究に基づいて解説しました。以下に主要な知見をまとめます。
8.1 主要な知見のまとめ
- 誤情報の発生は構造的:災害時の不安・恐怖と情報不足という構造的条件が、誤情報を自然発生させる。悪意ある個人の行為だけではない。
- 一般ユーザが拡散の中心:災害時はフォロワー数の少ないユーザも拡散の主体となり、善意からの拡散も含めて誤情報が広がる。
- 72時間以内が重要:発災後24時間以内に一次・二次被害に関する誤情報が集中し、72時間以内が対応の重要な期間。
- 打ち消しは戦略が必要:事実を先に、誤情報は最小限に。ただし、訂正情報の過剰拡散は新たな混乱を招く「訂正情報のパラドックス」に注意。
- 情報リテラシーが防災力:77.5%の人がデマに気づかない調査結果があり、個人の情報リテラシーが社会全体の防災力に直結する。
8.2 生成AI時代の新たなリスク
令和6年能登半島地震では、Xの仕様変更(閲覧数に応じた収益化)による閲覧数稼ぎ目的の偽誤情報が大量に確認されました。さらに、生成AIの技術発展が進む中で、精巧な偽造画像や動画が簡単に生成され、偽誤情報の流通・拡散が飛躍的に増加することが懸念されています。
2026年8月の熊本地震では、AIが偽情報を作る側だけでなく、偽情報を見破る側にも回ってしまう「二重の逆転」が起き、情報確証の手段そのものが機能しなくなった事例が報告された。生成AI時代には、情報の発信と検証の両方がAIに左右されるリスクが生じている。
8.3 今後に向けて
災害時の誤情報対策は、技術的な対策だけでなく、一人ひとりが「災害情報リテラシー」を高め、発信前の事実確認と受信時の批判的な視点を持つことが、社会全体の防災力向上に直結しす。
打ち消しの「鉄則」を再確認すると、①速やかに、でも慎重に、②事実を先に、誤情報は最小限に、③権威ある第三者が行う、④デマ拡散者への的確なリーチ、という4点が重要です。そして、事後的な打ち消しだけでなく、平時からのプレバンキング(事前予防)の取り組みが、より効果的な誤情報対策となり得ます。
- 速やかに、でも慎重に:誤情報が拡散する前に事実情報を発信することが理想。
- 事実を先に、誤情報は最小限:「〜はデマです」と繰り返さず、「正しい情報は〜です」と述べる。
- 権威ある第三者が行う:当事者よりも、行政・スメディア・ファクトチェック団体の訂正が信頼性を高める。
- デマ拡散者への的確なリーチ:訂正情報は、誤情報に触れた人々に届けることが重要。
大規模災害はいつ発生するか予測できません。しかし、誤情報の伝搬メカニズムと情報リテラシーについての知識を事前に備えることで、私たち一人ひとりが、災時の情報環境を少しでも健全なものにする力を持つことができます。