1エグゼクティブ・サマリー
「Trust Registry(信頼レジストリ)」という用語自体は、日本の行政文脈では必ずしも直接的に使われていませんが、信頼できる主体やサービスを登録・管理し、検証可能性を提供する仕組みは、複数の形で整備・検討が進められています。デジタル庁を中心に、ベース・レジストリ、トラストサービス、公的個人認証(JPKI)、Trusted Web、Verifiable Credential(VC)/Digital Identity Wallet(DIW)など、関連する制度・技術基盤が並行して推進されています。国際的なSSIやeIDAS 2.0の文脈でいう統一的な「Trust Registry」国家制度はまだ確立途上ですが、ガバナンスや技術基盤の整備が加速しています。
本レポートの構成: 以下、9つの主要領域に分けて、各取り組みの現状、制度背景、民間動向、国際連携を網羅的に整理します。
2ベース・レジストリ(Base Registry)
デジタル庁が推進する「社会の基盤となるデータ群」の整備です。行政機関等が正当な権限に基づいて収集した、正確性・完全性・最新性を確保したデータを、行政機関間や民間事業者に提供する仕組みです。
主要な動向
法人ベース・レジストリ
- 2026年3月24日に提供開始
- 法人の名称、所在地等の基礎情報を行政機関向けに提供
- 登記事項証明書の取得負担軽減を実現
公的基礎情報データベース整備改善計画
- 2026年7月21日に閣議決定
- データ整備の推進を図る国家計画
- 行政機関間の情報連携と民間利活用の促進
指定制度
- 令和5年7月7日デジタル庁告示第12号により指定
- 「整備済」と「整備中」の区分でデータ項目を管理
3トラストサービス(Trust Services)
総務省が中心となり、電子署名、タイムスタンプ、eシールなどの電子認証サービスの整備を進めています。インターネット上で本人であることやデータの正当性を証明し、なりすましや改ざんを防止する仕組みです。
制度の整備状況
| サービス | 制度状況 | 備考 |
|---|---|---|
| タイムスタンプ | 令和3年4月に総務大臣認定制度を開始。令和5年2月に初認定。 | 電子帳簿保存制度にも位置づけ |
| eシール | デジタル庁のSWG報告書(令和4年7月)を踏まえ検討中 | RFI(関連情報募集)を実施 |
| 電子名 | 電子署名法に基づき運用 | 民間認定制度からの移行支援 |
4デジタル・アイデンティティと公的個人認証(JPKI)
マイナンバーカードを活用した公的個人認証サービス(JPKI)は、日本のデジタルIDエコシステムの中核を担っています。民間事業者への導入が急速に拡大しています。
民間導入の現状
2026年7月31日時点で、1,306社が公的個人認証サービスを導入。銀行・証券業界の口座開設などで広く利用されています。口座開設時に必要であった本人確認書類のコピーや申込書の記入・郵送などが不要となり、事務コスト削減と顧客利便性の向上を実現しています。
技術的進化
スマホJPKI
- 2023年5月からマイナンバーカード機能のスマートフォン搭載を開始
- Webブラウザ連携での本人確認が可能に
- サイバートラスト等が連携サービスを提供
iPhone対応
- 2025年9月からAppleウォレットのカード代替電磁的記録に対応
- mdoc検証サービスAPIを提供開始
- 犯収法「ル」方式に準拠した本人確認を容易に実装可能
出典: デジタル庁 - JPKI導入事業者一覧 / サイバートラスト
5Trusted Web イニシアティブ
デジタル庁・内閣官房が推進する「Trusted Web」は、特定のサービスに依存せず、データや相手方を検証できる新たな信頼の枠組みをインターネットに付加する取り組みです。データそのものの信頼性、相手方の信頼性、データ取扱いの信頼性を確保することを目指しています。
主な成果物と活動
- Trusted Web推進協議会: 2020年10月に発足。座長は慶應義塾大学 村井純教授。
- ホワイトペーパーver.3.0: 2023年12月に公表。概要/コンセプト編、ユースケース編、実装編、実装ガイドラインから構成。
- ガバナンス構築: 「Trusted Webにおけるガバナンスの構築に関する考え方」を公表。
- 実証事例: ヘルスケア、行政、サプライチェーン、人材スキルなどの分野でユースケース実証を実施。
6Verifiable Credential(VC)とDigital Identity Wallet(DIW)
次世代のデジタルID技術であるVC(検証可能な資格情報)やDIW(デジタルアイデンティティ・ウォレット)の利活用に向けたガバナンス検討が進められています。
デジタル庁の取り組み
属性証明の課題整理に関する有識者会議
VCやDIWの利活用におけるリスク、技術面・運用面の対策、実施を促す手法等を議論。
DIWアドバイザリーボード
令和6年度(2024年度)報告書を公表。メリット、リスク、論点を整理。
VCガバナンス有識者会議
現行の法令・制度・仕組みとの関連性を踏まえ、利用プロセスに係る留意点を整理。
国際的な相互運用実証
日EUデジタル・アイデンティティに関する協力覚書に基づき、異なる国・地域間でDIWに保存したVCの相互運用性を確認するパイロットプロジェクトを実施。ガバナンス構造が異なる国や地域間、技術的アーキテクチャが異なる環境下においても、既存の枠組みを活用することで相互運用性が実現可能であることを確認しました。
7民間のeKYC・本人確認サービス
民間事業者によるオンライン本人確認(eKYC)サービスが活発に展開されており、マイナンバーカードのICチップ読み取りやスマホJPKIとの連携が急速に進んでいます。
主要サービス提供者
| 事業者 | サービス名 | 特徴 |
|---|---|---|
| サイバートラスト | iTrust 本人確認サービス | スマホJPKI連携、iPhoneマイナンバーカード対応、mdoc検証API提供 |
| TRUSTDOCK | TRUSTDOCK eKYC | 導入社数No.1(2024年12月時点)、JPKI対応、多様な業法対応 |
| Liquid Inc. | LIQUID eKYC | 累計6,000万件超の本人確認実績。ICチップベースの検証が1年で1.8倍増加 |
出典: サイバートラスト / TRUSTDOCK / Liquid Inc.
8SSI(自己主権型アイデンティティ)エコシステムと信頼レジストリ
国際的なSSIエコシステムにおける「Trust Registry」に相当する仕組みについて、日本でも技術的な実装や研究開発が進んでいます。
技術的実装と研究
SSI信頼レジストリ(日本版)
- GitHub上でオープンソース実装を公開
- 日本のSSIエコシステム向けにカスタマイズ
- 発行者・検証者の登録・管理を担う仕組み
NTTの研究開発
- 6G/IOWN時代のSSI基盤を研究
- ネットワークサービスとデジタルアイデンティティの連携を実現
- インクルーシブコアの要素技術として位置づけ
NII(国立情報学研究所)
- 「トラスト・デジタルID基盤研究開発センター」を設置
- 学術・産業界向けの認証基盤技術を研究
- 学認、UPKI、eduroam JP等の運用実績を活かす
出典: GitHub - SSI信頼レジストリ / NTT R&D / NII
9標準ガイドラインの整備
デジタル庁は、トラストおよびデジタルアイデンティティに関する標準ガイドライン群(デジタル社会推進標準ガイドライン)を整備しています。「保証レベル」という概念を用いて、本人確認の確からしさを段階的に表現する枠組みを定めています。
主要ガイドライン
| 文書番号 | 名称 | 概要 |
|---|---|---|
| DS-500 | 行政手続におけるオンラインによる本人確認の手法に関するガイドライン | オンライン本人確認の手法を定義。改定により保証レベルの考え方を見直し。 |
| DS-511 | 行政手続等での本人確認におけるデジタルアイデンティティの取扱いに関するガイドライン | デジタルアイデンティティの枠組み、対策基準、リスク評価手順を示す。 |
| DS-531 | 処分通知等のデジタル化に係る基本的な考え方 | 行政手続のデジタル完結に関する指針。 |
10国際連携と今後の展望
EUのeIDAS 2.0やEUDIウォレットの動向を注視し、日本も国際的な相互運用性の確保に向けた取り組みを進めています。
国際的な動向との連携
- eIDAS 2.0 / EUDIウォレット: EU加盟国は2026年末までに国民向けウォレット提供を義務付けられています。日本企業のEU向けサービス展開にも影響が及びます。
- OpenID Foundation: OpenID for Verifiable Credentials(OID4VC)の自己認定を2026年2月から開始。HAIP(High Assurance Interoperability Profile)も整備。
- 日EU協力: デジタル・アイデンティティの相互運用性に関するパイロットプロジェクトを実施し、技術的・ガバナンス的な知見を共有。
今後の課題と方向性
日本におけるTrust Registryに相当する仕組みは、複数の制度・イニシアティブとして分散的に整備が進められています。今後の鍵となるのは、以下の3点です。
- 統合的なガバナンスの確立: ベース・レジストリ、トラストサービス、VC/DIWなどを横断的に管理する国家レベルの枠組みの構築。
- 国際相互運用性の確保: eIDAS 2.0やOpenID標準との整合性を保ちつつ、日本固有の制度(マイナンバー等)との接続。
- 民間エコシステムの活性化: SSI信頼レジストリのようなオープンな実装を通じた、民間主導の信頼基盤の育成。
出典: OpenID Foundation Japan / デジタル庁